スタッフが3年で辞める牧場と10年続く牧場、何が違うのか
- 新人スタッフが1〜2年で辞めてしまうことが多い
- 「うちは給料が安いから仕方ない」と思っている
- 面談や声かけはしているが、手応えがない
- 定着率を上げたいが、何から始めればいいかわからない
朝5時。まだ薄暗い牛舎の中で、搾乳の準備が始まる。いつもの作業、いつもの手順。でもふと横を見ると、先月まで隣にいたスタッフの姿がない。また、辞めた——。
「せっかく仕事を覚えたのに」「また一から教えなきゃいけない」。そんな言葉が、もう何度目かわからないくらい繰り返される牧場がある一方で、10年以上スタッフが辞めない牧場も確かに存在します。 その違いは、給料でも立地でもありません。
「辞める牧場」に共通する負のループ
スタッフが定着しない牧場には、ある「負のループ」が回っています。人が辞める→残ったメンバーが多忙になる→疲弊して余裕がなくなる→新人へのケアが手薄になる→新人も辞める。この循環を「もっと頑張る」で乗り切ろうとするほど、ループは加速します。
では、なぜこのループが始まるのか。その根っこにある原因を3つ見てみましょう。
仕事の「意味」が共有されていない
搾乳、給餌、除糞——毎日同じ作業の繰り返し。その作業が牧場全体のどんな価値につながっているのか、誰も言葉にしないまま日々が過ぎていく。スタッフは「自分がいなくても回るんじゃないか」と感じ始めます。
これは、牧場に「共通言語」がない状態です。経営者の頭の中にある想いや方針が言語化されていないと、スタッフは目の前の作業をこなすだけの日々になってしまう。ある農場では、経営陣とスタッフに「20年後、この農場はどんな会社になっていると思う?」と問いかけたところ、経営陣は「循環型農業の先駆者」と答え、スタッフは「世界に通用するブランド」と答えました。どちらも前向きな未来像を持っていた。でも、日常の作業の中でそれが共有される機会がなかったのです。想いがあるのに、言葉にしていない——これが一番もったいない状態です。
成長の物差しがない
頑張っても頑張らなくても、給料は同じ。何ができるようになったら認めてもらえるのか、その基準がない。「見てくれている」という実感がないと、人は静かに離れていきます。
これは「感覚的な経営」の典型です。経営者の頭の中では評価しているつもりでも、仕組みとして見える形になっていなければ、スタッフには伝わりません。待遇や評価が不明確なまま放置されると、スタッフは「ここにいても先が見えない」と感じ始めます。
「聞けない空気」が人を追い詰める
困ったことがあっても聞ける先輩がいない。経営者に直接言うのは気が引ける。結果、不満を溜めたまま、ある日突然「辞めます」と言い出す。
実はこれ、農場では想像以上に根深い問題です。作業中に「もう一回聞いていいですか」と言い出せない。ミスをしても報告しづらい。特に体育会系の空気が強い現場では、「間違えたくない」「怒られたくない」という心理がスタッフの口を閉ざしてしまう。心理的安全性——つまり「ここでは素直に聞ける、間違えても大丈夫」と感じられる空気がなければ、信頼関係は育ちません。
スタッフが辞める本当の理由は「待遇」ではなく、「ここにいる意味が感じられない」こと。その原因は多くの場合、共通言語の不在と、安心して声を出せる環境の欠如にある。
定着する牧場がやっている3つの「仕組み」
では、スタッフが長く働き続ける牧場は何をしているのか。共通しているのは、「頑張り」ではなく「仕組み」で人を支えているということです。
月1回の1on1で「対話」を仕組みにする
経営者とスタッフが1対1で15〜20分、話す時間をつくる。業務の話だけでなく、「最近どう?」「困っていることない?」という対話の場です。
ここで大切なのは、経営者が「教える」のではなく「聴く」姿勢をとること。スタッフの内側にある思いを引き出す時間です。答えを与えるのではなく、問いかけることで、スタッフ自身が考え、主体的に動くきっかけが生まれます。
スタッフ5名程度の牧場を例に考えてみましょう。毎月1回・1人15分の1on1を始めました。最初は「何を話せばいいかわからない」とお互いぎこちなかったものの、3か月目から「実は哺乳のやり方で迷っていた」「もっと繁殖の仕事もやってみたい」といった本音が出るようになりました。
半年後、離職の兆候があったスタッフが「話を聞いてもらえるようになって、気持ちが変わった」と残る決断をした——そんな変化が生まれました。
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「成長の見える化」で物差しをつくる
スキルマップや評価シートを使い、「今どこまでできて、次に何を覚えるのか」を見える形にします。搾乳・哺育・繁殖・飼料管理など、業務ごとにステップを設定するだけで、スタッフ自身が成長を実感できるようになります。
難しいものを用意する必要はありません。A4用紙1枚に、業務ごとの習熟度を「見習い・一人でできる・人に教えられる」の3段階で書くだけでも十分です。大事なのは、「次に何を目指せばいいか」がスタッフ自身に見えること。ゴールが見えれば、人は自然と前に進みます。
評価はスキルだけに限りません。チームへの貢献、後輩への声かけ、自分から動く姿勢——いわゆる「ヒューマンスキル」も見える化の対象にする牧場が増えています。技術だけでなく「人としてどう働くか」も評価に含めることで、牧場全体の空気が変わっていきます。
「ありがとう」を日常に組み込む
日報や朝礼の中で、具体的に「助かった」「よくやってくれた」と伝える場面を意識的につくる。「ありがとう」は漠然と言うよりも、「昨日の分娩対応、落ち着いてできていたね」のように具体的な行動とセットで伝えると、スタッフの自己効力感が格段に上がります。
ある農場では、朝礼と終礼を毎日の仕組みとして定着させ、その中に「感謝を伝える時間」を組み込んでいます。さらに、チャットツールに「感謝チャンネル」を設けて、ちょっとした「ありがとう」を日常的に共有できる仕組みも取り入れました。デジタルの力を借りて、感謝の習慣を仕組みにしているのです。
信頼関係は「利他・誠実・能力」の3つから成り立ちます。「あなたの働きを見ている」「あなたがいてくれて助かっている」と伝えることは、この3つすべてに関わる行為です。感謝の言葉は、評価制度がなくても今日からできる最も強力な定着策です。
特別な制度がなくても、「対話」「見える化」「感謝」を仕組みにするだけで定着率は変わる。
「辞めない牧場」は、スタッフが誇れる牧場
スタッフが定着する牧場は、自然と口コミが広がります。「あの牧場は働きやすい」「ちゃんと見てくれる」という評判は、求人広告より強い採用力になります。
実際、求人サイトに掲載しても応募がゼロという牧場がある一方で、「知り合いの紹介で来ました」と人が集まる牧場もあります。この差は、待遇だけでは説明できません。今いるスタッフが「ここはいい職場だ」と自然に周囲に話してくれるかどうか。それは日々の対話と承認の積み重ねから生まれるものです。
定着と採用は表裏一体。 まず今いるスタッフが「ここで働き続けたい」と思える環境をつくることが、すべての起点になります。そしてその環境は、経営者自身が「スタッフの幸せを本気で考える」というマインドの変化から始まります。
スタッフが誇りを持って働ける牧場。それこそが、これからの時代に選ばれる「クールな牧場」の姿ではないでしょうか。
- スタッフが辞める原因の多くは待遇ではなく「意味の不在」と「安心して声を出せない空気」
- 月1回15分の1on1で、聴く姿勢から本音を引き出す
- スキルマップで成長を見える化し、ヒューマンスキルも評価に含める
- 朝礼・終礼・チャットツールで「ありがとう」を仕組み化する
- 定着率が上がれば、採用力も自然と高まる