「完璧にしてから」が牧場の変化を止めている——完璧主義から抜け出すヒント
- 「もう少し準備してから」と新しい取り組みを先延ばしにしがちな方
- マニュアルや評価制度を作りたいが完成形が見えず動き出せない方
- 技術面の追求と同じ感覚で組織づくりに臨んでしまう方
- 小さく始めて改善するスタイルに切り替えたい方
「もう少し準備してから」が永遠に続く
経営者の方とお話をしていると、こんな言葉をよく耳にします。
「マニュアルを作ろうと思ってるんだけど、もう少し内容を整理してから」「評価制度を入れたいけど、もっと勉強してからにしたい」「スタッフとの面談を始めたいけど、何を話すか決めてから」——。
どれも前向きな意思があります。変えたいという気持ちは本物です。けれど、「準備が整ったら」という条件がつくと、多くの場合、その「準備」は永遠に終わりません。
なぜでしょうか。
それは、準備をすればするほど「まだ足りない」と感じるからです。情報を集めるほど、他の牧場の事例を知るほど、「自分のやろうとしていることは中途半端だ」と思えてくる。完璧を目指す気持ちが、逆に行動を止めてしまうのです。
これは、農場経営者に限った話ではありません。しかし、農場という現場では、この「完璧主義の罠」が特に深刻な影響を及ぼします。なぜなら、農場の課題は待ってくれないからです。人が辞め、多忙になり、ケアが不足し、また人が辞めていく——この悪循環は、経営者が動き出さない限り、止まりません。
完璧主義が生まれる背景にあるもの
完璧主義は、決して悪い性格ではありません。むしろ、農場を真剣に経営してきた方ほど、完璧を求める傾向があります。
牛の健康管理、飼料設計、繁殖成績——こうした技術的な領域では、緻密さが成果に直結します。「このくらいでいいだろう」という妥協が、牛の健康や乳量に影響することを、経営者は身をもって知っています。
だからこそ、組織づくりや人材育成といった領域でも、同じ基準を適用してしまうのです。「中途半端なマニュアルを出したら、かえって混乱するんじゃないか」「不完全な評価制度を導入したら、スタッフが不満を持つんじゃないか」と。
しかし、技術の世界と組織の世界では、ルールが違います。
技術の世界には正解があります。適切な乾乳期間、最適な飼料配合——データと経験に基づく「答え」が存在します。一方で、組織づくりには唯一の正解がありません。自分の牧場に合ったやり方は、試しながら見つけていくしかないのです。
技術の世界には正解がありますが、組織づくりには唯一の正解がありません。完璧を目指す姿勢が武器になる領域と、ブレーキになる領域があると気づくことが、罠から抜け出す第一歩です。
7割で動き出す——「まずやってみる」がなぜ大切か
では、完璧主義から抜け出すにはどうすればいいのか。
一つの考え方は「7割でまず動く」です。
マニュアルであれば、すべての作業手順を網羅する必要はありません。まず一つの作業——たとえば搾乳作業だけでもいい。しかも、完全なものではなく、「作業の流れ」「最低限守ってほしいこと」「大切にしていること」を書き出すだけで十分です。
評価制度であれば、完璧な評価基準表を作る必要はありません。まず「半年に一回、スタッフ一人ひとりと30分話す時間を作る」だけでもいい。
なぜ7割でいいのか。それは、実際にやってみないと、何が足りないかわからないからです。
頭の中で100%を目指して設計したマニュアルが、現場では全く使い物にならないことは珍しくありません。逆に、「とりあえず」で作った簡単な手順書が、意外なほど機能することもあります。
大切なのは、最初から完成品を目指すことではなく、「走りながら修正していく」というスタンスです。マニュアルを出してみて、スタッフから「ここがわかりにくい」と言われたら直す。面談をやってみて、「この聞き方だと話してくれないな」と感じたら次回変える。
この「小さく始めて、フィードバックを得て、改善する」というサイクルこそが、組織を変えていく力になります。
「7割で動く」とは手を抜くことではなく、残り3割は現場のフィードバックを受けながら見つけていくという考え方です。
「失敗」ではなく「学び」——経営者の視点を切り替える
完璧主義の根底にあるのは、「失敗したくない」という恐れです。
「新しいことを始めて、うまくいかなかったらどうしよう」「スタッフに反発されたらどうしよう」「前のやり方に戻せなくなったらどうしよう」——こうした不安が、行動を躊躇させます。
しかし、考えてみてください。今の状態を続けることも、一つの選択です。そして、変化を先延ばしにし続けた結果、問題が大きくなってから対処せざるを得なくなるケースは少なくありません。
経営者が変わることが、牧場が変わる起点です。これは「完璧な経営者になれ」という意味ではありません。「まず一歩を踏み出す勇気を持つ」ということです。
ある牧場では、経営者が「朝礼をやろう」と決めて始めました。最初は何を話していいかわからず、天気の話で終わることもあったそうです。しかし、続けているうちに、スタッフが自分から発言するようになり、現場の問題が早期に共有されるようになりました。
もし経営者が「完璧な朝礼の進め方」を調べてからでないと始められないと考えていたら、その変化は起こらなかったでしょう。
失敗を恐れて何もしないより、不完全でも動き出すほうが、はるかに多くのことを学べます。そして、その学びこそが、牧場を前に進める力になるのです。
小さく始めるための具体的な方法
「7割で動く」と言われても、具体的に何から手をつければいいかわからない——そんな声もあるでしょう。
いくつかのヒントを挙げてみます。
一つだけ選ぶ:やりたいことが5つあるなら、まず1つだけ選びます。すべてを同時に始めようとすると、どれも中途半端になり、「やっぱり準備が足りなかった」と感じてしまいます。
期限を決める:「来月から始める」ではなく、「今週の金曜日に始める」と決めます。期限が曖昧だと、準備期間がズルズルと延びます。
最小単位にする:マニュアルを作るなら、まず1枚のA4用紙に収まる分量で。面談を始めるなら、まず一人だけ。評価制度なら、まず「半年後に何ができるようになっていたいか」を一人ひとりに聞くだけ。
完了条件を緩くする:「完成したら公開する」ではなく、「まず1人に見せてみる」。信頼できるスタッフに「これ、どう思う?」と聞くだけで、次のステップが見えてきます。
振り返りの日を決める:始めてから1ヶ月後に「うまくいっていること」「改善したいこと」を書き出す時間を取ります。これがあるだけで、「失敗したらどうしよう」という不安が「1ヶ月後に見直せばいい」に変わります。
従業員8名ほどの牧場で、経営者が「業務マニュアルを作りたい」と3年間考えていました。しかし、作業が多すぎてどこから手をつければいいかわからず、ずっと先延ばしにしていたそうです。
あるとき、「まず搾乳の手順だけ、箇条書きで10項目書いてみよう」と決め、1時間で書き上げました。それをスタッフに見せたところ、「ここはもう少し詳しく書いてほしい」「この順番は現場と違う」といったフィードバックが出ました。
その意見を反映して改訂し、2ヶ月後には他の作業にも展開。半年後には、新人が入ったときに「まずこれを読んでね」と渡せる手順書が10種類揃っていました。3年間動けなかったことが、「まず1枚」から始めたことで動き出したのです。
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経営者が動くと、牧場が動き始める
完璧を目指す気持ちは、経営者としての誠実さの表れです。中途半端なことをしたくない、スタッフに迷惑をかけたくない——その思いは大切にすべきものです。
しかし、「完璧にしてから」と待ち続ける間にも、時間は過ぎていきます。スタッフは悩みを抱え、課題は大きくなり、変化のチャンスは遠のいていきます。
経営者が一歩を踏み出すことが、牧場全体が変わる起点になります。それは、完璧な一歩でなくていい。むしろ、不完全であることを認めたうえで、「一緒に良くしていこう」とスタッフに伝えることこそが、信頼を生む行動です。
「まだ準備が足りない」と感じているなら、それはもしかすると、十分に準備ができている証拠かもしれません。なぜなら、準備不足を自覚できるほど、課題を理解しているということだからです。
あとは、動くだけです。7割で、まず一歩。
完璧を求める気持ちは経営者としての誠実さの証ですが、「完璧にしてから」という条件が変化を止めてしまうことがあります。技術の世界と違い、組織づくりには唯一の正解がなく、試しながら見つけていくものです。まず7割の完成度で一つだけ始め、現場のフィードバックを受けて改善していく。その小さなサイクルが、牧場を前に動かす力になります。大切なのは、完璧な計画ではなく、不完全でも踏み出す一歩です。