「農業をカッコいい仕事に」——採用ブランディングは中身から始まる
採用難の本質は何か
「農業をカッコいい憧れの仕事に」——こう語る経営者が増えています。農業従事者の減少が進む中、採用は経営の重要課題です。しかし多くの牧場は、採用難の原因を「業界のイメージが悪い」と考えています。
本当にそうでしょうか。
実は、問題は業界全体のイメージではなく、「個々の牧場の発信不足」です。社会全体で農業への関心が高まっているにもかかわらず、多くの牧場は「うちでは誰も働きたくないだろう」と初めから諦めています。
採用ブランディングの失敗は、「農業業界」のマイナスイメージではなく、個々の牧場が「自分たちの仕事の価値」を発信していないことが原因です。
インナーブランディングなしにアウターブランディングはない
採用を強化しようとする牧場が最初にやることは、たいてい「採用サイトの作成」や「SNSでの情報発信」です。外に向けて「うちはこんなに素晴らしい!」と伝えようとします。
しかし、これが上手くいく牧場は少ない。その理由は、「内側の充実がないまま外に向けて発信しているから」です。
たとえば、毎日が疲弊して、スタッフ間の関係が冷え込んでいる牧場が、「家族のような職場」とうたっても、誰の心にも響きません。給与や休日の条件が業界並みの牧場が、「やりがいのある仕事」と言っても、説得力がない。むしろ、採用サイトを見た候補者が「実際に働いている人の様子と違う」と感じれば、ブランドへの信頼は落ちるのです。
採用ブランディングの第一歩は、「内側の充実」です。経営理念が職場に浸透しているか。スタッフが自分の仕事に誇りを感じているか。互いに信頼し、協力し合える関係が築けているか。
これらが整って初めて、外に向けた発信が生きるのです。
スタッフの「働く実感」が採用を生む
ある牧場では、採用活動の一環として、スタッフに「この牧場で働く意味は何か」という問いを投げかけました。最初は戸惑った様子でしたが、やがてスタッフから言葉が出始めました。
「牛の成長を自分たちの手で見守る喜びがある」「技術を学べば学ぶほど、自分たちの仕事の質が上がるのが感じられる」「ここのチームなら、難しいことにもチャレンジできる」
こうした言葉を採用ページに掲載し、YouTube動画で仕事の風景を発信するようにしました。すると、応募が増えたのです。
なぜか。それは、採用候補者が「この牧場で働いているスタッフが、自分たちの仕事に誇りを持っている」ことを感じたからです。給与や福利厚生といった条件以前に、「ここなら自分も大切にされ、成長できるんじゃないか」という確信が生まれたのです。
ある牧場では、経営者が一人で採用に動いていたため、応募がほとんどありませんでした。採用力の強化に取り組む中で、現在働くスタッフ3名に「なぜこの牧場を選んだのか」「働いていて良かったことは何か」をインタビューしました。その内容をWebサイトや採用説明会で発信するようにしたところ、翌年の応募者数が前年比で大きく増加。その後採用した者の多くが「スタッフの話が決め手だった」と語っています。
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「農業のイメージ」から「牧場の現実」へ
採用ブランディングで陥りやすい罠は、「農業」全体の肯定的なイメージを作ろうとすることです。「農業は素晴らしい」「自然と向き合う仕事は充実している」といった抽象的なメッセージです。
これは間違っていませんが、候補者が知りたいのは、その先です。「その素晴らしさを、この牧場では、どう実現しているのか」「自分がここで働いたら、どんな1日を過ごすのか」
大切なのは、「農業のイメージ」から「牧場の現実」へ、視点を下ろすこと。経営者の理念、スタッフの成長機会、チーム内の関係性、給与や休日といった条件など、具体的で率直な情報を発信することです。
同時に、「完璧さ」を求める必要もありません。むしろ、「今、こんなことに取り組んでいる」「スタッフの成長に課題がある」といった「途中経過」を発信できる牧場の方が、採用候補者には魅力的に映ります。なぜなら、そこに「一緒に成長する余地」が見えるからです。
誰が発信するのか
採用ブランディングにおいて重要なのが、「誰が発信するのか」という点です。
経営者が一人で情報を発信することも大切ですが、同じくらい大切なのは、スタッフ自身が「この牧場の良さ」を語ること。SNSでスタッフの日々が発信され、YouTubeで仕事風景が映される、採用サイトにスタッフのインタビューが掲載される——こうした発信が揃ったとき、採用ブランディングは初めて説得力を持つのです。
それは、スタッフの言葉が最も誠実だからです。
採用難の本質は、業界のイメージの問題ではなく、個々の牧場が自分たちの仕事の価値を発信していないことです。採用ブランディングは、外に向けた広告から始まるのではなく、内側の充実から始まります。経営理念がスタッフに浸透し、スタッフが自分たちの仕事に誇りを感じているとき、その言葉や姿が自然と外に伝わります。「農業をカッコいい仕事に」というビジョンは、業界全体への働きかけではなく、まず自分たちの牧場で実現することから始まるのです。