牧場だけじゃない収益源——多角化を考えるときに大切な「軸」の話
- 多角化や六次産業化を検討しているがどこから手をつけるか迷っている方
- 新規事業に手を広げて本業が疲弊していると感じている方
- 「うちの牧場らしさ」を軸にした経営判断の方法を知りたい方
- 「やらないこと」を決める判断基準がほしい方
「何かやらなきゃ」という焦りが、多角化の落とし穴を生む
直販、加工品、観光牧場、カフェ併設、ふれあい体験——牧場の多角化に関する情報は、近年ますます増えています。六次産業化という言葉もすっかり定着しました。
SNSで成功事例を見るたびに「うちも何かやらないと」と感じる経営者の方も少なくないでしょう。生乳価格の不安定さ、飼料費の高騰、天候リスク——一本足の経営がどれだけ心もとないか、現場の経営者が一番よく知っています。
しかし、焦りから始まる多角化には大きな落とし穴があります。「何のために広げるのか」が曖昧なまま、手段だけが先行してしまうことです。
多角化のきっかけは収益リスクの分散、地域からの期待、成功事例への刺激など様々ですが、どれも動機としては正当です。大切なのは「動機」の先にある「軸」——自分たちは何を大切にしているかを明確にすることです。
成功する牧場と疲弊する牧場を分けるもの
うまくいっている牧場には共通点があります。「何をやるか」を決める前に「自分たちは何を大切にしているか」が明確になっていること。つまり、経営の「軸」——その牧場の「らしさ」が言語化されているのです。
例えば「命の循環を大切にする牧場」という軸が明確なら、堆肥を活用した地域農作物とのコラボ商品は軸に合致します。しかし「話題になりそうだから」という理由で観光事業に手を出すと、スタッフは「うちの牧場は何を目指しているんだろう」と混乱します。
疲弊していく牧場は逆のパターンです。「あれもこれも」と手を広げた結果、本業の品質が落ち、新規事業も中途半端になる。これは経営者の能力の問題ではなく、「軸」がないまま広げたために判断基準がなくなってしまった結果です。
「らしさの延長線上にあるか」「本業の強みを活かせるか」「スタッフが納得できるか」——この3つの問いに「はい」と答えられない事業は、長期的にはリスクになり得ます。
「らしさ」を言語化することが、多角化の第一歩
「軸が大切なのは分かった。でも、うちの”らしさ”って何だろう」——そう感じた方もいるかもしれません。
言語化のヒントは、意外と日常の中にあります。スタッフが「これだけは譲れない」と感じていること。取引先から「あなたの牧場のここが好きだ」と言われること。経営者自身が「忙しくても、これだけはやり続けてきた」と胸を張れること。こうした断片を集めていくと、その牧場にしかない「色」が浮かび上がってきます。
大切なのは、経営者だけで考えないことです。スタッフと一緒に「うちの牧場らしさって何だろう」と話し合うプロセス自体に価値があります。その対話を通じてスタッフは「自分はこの牧場の一員だ」と実感でき、多角化の話をした時にも「だからこの事業をやるんだ」と腹落ちする土台ができるのです。
従業員8名ほどの牧場が、加工品事業への参入を検討していました。しかし、経営者には「なぜ加工品なのか」を説明できないモヤモヤがあったそうです。
そこで、スタッフ全員で「うちが大切にしていること」を話し合いました。その中で「動物のストレスを最小限にする飼育環境」が全員の共通認識として浮かび上がりました。
この「らしさ」を軸に据えた結果、加工品事業の方向性が明確に。「飼育環境へのこだわりから生まれる素材の良さを消費者に届ける」というストーリーで、価格競争ではなく価値で選ばれる商品設計が可能になりました。スタッフも「自分たちの仕事が直接お客様に届く」という手応えを感じられるようになったといいます。
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「やらないこと」を決める勇気
多角化を考えるとき、つい「何をやるか」に意識が向きます。しかし「何をやらないか」を決めることの方が、ずっと重要です。
牧場の経営資源——人、時間、お金——は有限です。新規事業に人を割けば、本業が手薄になります。本業の品質低下は、多角化の収益以上のダメージを生むことがあります。
ある経営者がこう語っていました。「観光牧場の話が来た時、すごく迷った。でも、うちのスタッフは”動物と向き合う仕事がしたい”と入ってきた人たちだ。観光接客が主業務になったら、彼らの働きがいはどうなるのか。それを考えて断った」と。この判断は、スタッフの働きがいを「軸」の一部として捉えていたからこそできたものです。
「やらない」は消極的な選択ではなく、軸を守るための積極的な経営判断です。その判断が軸に基づいているか、スタッフの働きがいを損なわないかを確認しましょう。
多角化は「広げる」ではなく「深める」
多角化という言葉に引きずられて「広げること」が目的になりがちです。しかし、本当に強い多角化は「深めること」から生まれます。
本業で培った強み、スタッフの技術や知見、地域との信頼関係——「すでに持っているもの」を深掘りした先に、自然な形で事業が広がっていくのです。飼料自給のノウハウが共同購入事業になった例、健康管理のデータ手法がコンサルティング事業になった例——こうした展開は「元々やっていたことの価値に気づいた」と言えるでしょう。
そして、多角化は経営者だけの判断で進めるべきものではありません。実行を担うのはスタッフです。「やらされている」新規事業はうまくいかない。検討段階からスタッフを巻き込み「うちの強みを活かして、他にどんなことができそう?」と問いかけることで、現場だからこそ見える「価値」や「可能性」が引き出されます。
多角化の成否を分けるのは事業計画の精度ではなく、「自分たちの軸は何か」が組織全体で共有されているかどうかです。
- 多角化の出発点は「何をやるか」ではなく「自分たちの牧場の軸(らしさ)は何か」の言語化
- 軸が明確であれば、新規事業の取捨選択に迷いが減り、スタッフも納得して動ける
- 「やらないこと」を決める勇気が、本業の強みとスタッフの働きがいを守る
- 多角化は「広げる」よりも「今持っている価値を深める」発想から始める方が成功しやすい
- 検討段階からスタッフを巻き込むことで、実行力と一体感が高まる
- 軸さえ共有されていれば、仮に失敗しても「次の一手」を打てる組織になれる